パッサナーのブログ

日々、考えたこと、行動したことを、書いています

休日の午後からでかける博物館 - エドウィン・ダン記念館 3

(2024.1.14、エドウィン・ダン記念館)
 
1月14日に行った、
エドウィン・ダン記念館、
もう一つ続きます。
 
今回は二度目の訪問だったので、
展示見学はほどほどにし、
主に図書・資料を見ていました。
 
資料のなかに、
取材参考資料という、
クリアファイルがありました。
 
取材というタイトルにひかれ、
ファイルを開くと、
英字新聞の切り抜きが入っています。
 
それは、
記念館の関係者の方が、
エドウィン・ダンの子孫を訪ねて、
日本からアメリカにやってきた、
という記事でした。
 
(記念館の関係者の方の名前が分からないので、
 以下Aさんと書きます。)
 
子孫が住んでいた、
地元の新聞で、
14年前のことです。
 
(地名を思いだすことができません、
 メモっておくべきでした。
 
 もう一度行って、
 確認したら追記します。)
 

エドウィン・ダンの四男は、
アンガス・ダンと言います。
 
Aさんが訪ねた子孫は、
アンガス・ダンの娘、
アリス・ダンさんです。
 
新聞には、
アリス・ダンさんとAさんがソファに座り、
語り合う写真が掲載されていました。
 
Aさんは女性の方で、
着物を着ていました。
 
日本からの訪問客の、
日本人らしい姿は、
地元の方に、
喜ばれたのではないでしょうか。
 
 
アリス・ダンさんは、
Aさんが訪ねた後、
ほどなくして亡くなられたとのことです。
 
(1度目に記念館に来たとき、
 対応して頂いたAさんに、
 お聞きしました。)
 
Aさんが、
存命中にアリス・ダンさんに会うことができて、
本当によかったと思います。
 
 
なお、
Aさんは、
今回私が記念館を訪れた際にも、
受付をしてくれました。
 
エドウィン・ダン記念館は
有志の集まりである、
エドウィン・ダンの会が、
説明・案内等を行っています。
 
札幌市南区からの委託です。
 
確証はありませんが、
受付におられたということは、
Aさんはエドウィン・ダンの会の、
会員ではないかと想像します。
 
きっと、
記念館が好きで、
エドウィン・ダンのことについて、
詳しいのだと思います。
 
 
詳しく知る歴史的人物の、
血の繋がった子孫に会いたい、
という気持ちは、
よく分かります。
 
ある歴史的人物を詳しく知ると、
その人物の先祖や子孫についても、
知りたくなります。
 
存命中であれば、
会って話をしてみたい。
 
なぜそう思うか、
その理由はよく分かりません。
 
でも、
私はそう思いますし、
そのような方は、
多いのではないでしょうか。
 
 
人には縁というものがあり、
縁には血縁・地縁があります。
 
詳しく知る歴史上の人物が、
どのような血縁・地縁をもち、
過去から現在までつながっているのか。
 
縁をもつ人がいるのなら、
会ってみたい、
話していたい。
 
勝手な憶測はできませんが、
きっとAさんも、
そのように思ったのではないでしょうか。
 

一方私は、
エドウィン・ダンの子孫に会いたいと、
アメリカまで飛んで行ったAさんの、
話を聞いてみたくなりました。
 
ちょっとやそっとの好奇心では、
遥々海を渡るなんてことは、
できません。
 
資料の名前が示しているように、
それは取材であり、
相応の準備も必要だったと思います。
 
大変だったのではないでしょうか。
 
私は、
その行動力の源泉となった、
Aさんの情熱に、
触れてみたくなったのです。
 
 
エドウィン・ダン記念館にきて、
その子孫に会いたいと、
アメリカに飛んだ方がいる。
 
今度はその方に興味をもち、
話を聞いてみたいと思う私がいる。
 
この連鎖が、
面白く、
興味深いです。
 
今度ぜひ、
Aさんに、
お話を伺いたいです。
 
博物館で、
人の興味・関心、
探求心・研究心、
情熱に触れて感化される。
 
エドウィン・ダン記念館に来たことで、
このような気持ちを経験することができ、
嬉しく思います。